西村 德行 先生
Vol.14
教職大学院 教育実践創成講座(美術・工芸サブプログラム)

先生の専門について教えて下さい。

 専門は美術科教育学です。図画工作科や美術科の授業づくりを研究する授業論や、授業計画の枠組について考えるカリキュラム研究(例えば小学校6年間の図画工作科の授業をどのように計画するのか)を行っています。学生を対象とした教員養成の他に、研修などを通して現職の先生たちを教える教師教育も行っています。美術教育の内容としては、鑑賞教育を専門としています。これまでも美術館と連携した授業などを行ってきました。

先生の研究のテーマはなんですか?

 私はもともと中学校と小学校の教員をしていたのですが、その時から「見方を変える」をテーマに、授業づくりをしてきました。中学校の美術の授業は、週にたった1時間だけです。しかも生徒たちは美術になかなか興味をもってくれなくて...。そこでその限られた時間であっても、「もの」や「こと」に対する見方くらいは伝えたいと思い、「見方を変える」をテーマに授業を行ってきました。一つのものでも、見方を変えることで、そこに様々な意味や価値を見出すことができます。美術の授業を通して、子どもたちにそんな見方を育てたいと思い、「見方を変える」をテーマにしたのです。今は創造活動を通した造形的な視点が、授業でどのように育つのかを研究のテーマにしています。具体的には人工知能の研究に興味があります。人工知能は結局、人間を研究しているので、人間がどういう風に育つのかがそこでは考えられています。近い将来、人工知能の能力が人間を超えてしまうのではないかといわれていますが、そんなに簡単なことではないようです。やはり人間はすごいし面白い!創造的な活動を通して、造形的な見方がどのように育っていくのか、授業を実践したり観察したりしながら、研究しています。

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むつ市で行った「図工のおきぐすり」。図画工作の楽しさをワークショップを通して全国の子供たちや先生方に伝える。奄美、天草、五島、能登、飛騨、男鹿、網走など、全国各地で実施。

どのような経緯で学芸大の先生になられたのですか?

 最初は足立区の中学校教諭だったのですが、その後、筑波大学の附属小学校に勤めました。学芸大や筑波大で非常勤講師をして、教員養成に興味がわいたこともあり、6年前にこちらに来ました。教員歴は昨年でちょうど20年になりました。

小学校の図工の評価について先生の考えを教えて下さい。

 評価は難しいですよね。図工に関しては作品はもちろん、その過程でどのような力を発揮しているのか、活動に取り組む姿で捉えていくことが大切です。ただ一つの活動の中でも、子どもたちは様々な力を発揮しています。ですから、視点をある程度決めないと、見るポイントが広がりすぎて評価はとても難しくなります。シンプルな評価の仕方が大切で、授業の目的に応じて、子どもたちに最低限ここを通過してほしいというポイントを決めるようにします。また姿や形として表出されるものばかりでなく、内に秘めた子どもの思いも大切にしたいことです。でも子どもたちの心の中は見えません。そういう時には子どもたちに直接話をしたり、作ったものから聞き取ったりすることも必要です。これは図工だけではなく、全ての教科に通じることで、教師はそういう活動をやっていくうちに子どもの姿が見えるようになっていくんです。この子は立ち止まっているな、この子はもう自分で考え出しているなというのが見えてくる。それが教師の専門性なんだと思います。ただ人を見ることはとても難しいですから、その見方がよいのか、何度も何度も確かめなくてはいけないし、評価というものは、今でもそうですが、ずっと課題ですよね。だから私は評価を付けることは簡単だと言っている人よりも、難しいと言っている人の方が信用できます。

図工の授業で、子どもたちのモチベーションや集中力を上げるコツはありますか?

 僕が教員をやっていた頃は、「エア授業」をよくやっていました。子どもたちがいない教室で授業をやっているフリをして「この子はこんなことをしているだろうな」「この子はこんな発言をしてくれるかもしれない」と想定しながら授業を作っていました。基本的に授業は教師が子どもに与えるものですから、その中で子どもたちが楽しみながら造形的な力を発揮してくれる、そういう場を作っていくのが教師の仕事だと思います。それでも興味を持てない子は出てきてしまうので、子どもたちが思わず描いたりつくったりしたくなる手立てを、授業をする前からたくさん持っている方がいいんですね。その予想が事前にできることが大切だと思います。例えば授業でどんな声掛けをするか、どんな資料を用意するかとか。
 授業の中で僕が1番大切だと思うのは、友達と関わりを持たせることです。子どもたちはいろいろな友達と出会うことで、自分の価値観を広げていきます。学校はそういう場だと思うのです。友達との関わりを持たせることは図工の授業においても大切です。
 授業をしていると、いろいろな子に出会います。いいところで発言してくれる子もいれば、授業の流れを平気で止める子もいます。その誰もが授業にとって大切な存在です。一人一人の子どもたちの考えを活かしながら授業を作っていくことってすごく大切なことだと思います。授業というのは同じ内容でも、人や場所などが変われば全く別のものになります。授業は目の前の子どもたちと一緒に作っていくものなので、その場に応じて変更をしていくのが、授業をする上で大切かなと思いますね。

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美術教育の今の課題はなんですか?

 ある調査で学校の先生方に「美術で子どもたちのどんな力が育ちますか?」と質問したら「感性・表現・創造の力は育つ」という回答が多かったんです。でもそれ以外の力については、ほとんどあげられなかったんです。ショックでした。美術という教科は、問題解決をしたり、協働的にものをつくったりすることで、友達の表現を受容したり共感したり、そういう力も育つんです。でも美術というと、どうしても感性や表現のイメージが強くなってしまう。美術教育では単に絵を描くだけでなく、造形活動を通して様々な力が育まれているということを、先生方にも社会の人たちにも伝えていくことが今の課題だと思っています。もちろん感性や表現が美術教育にとって大切であることはかわりありませんが。

美術教育に興味を持ったのはいつからですか?

 僕の実家が京都の窯元で、抹茶碗などをつくっている焼き物屋なんです。それで家の中にずっと美術があったので、もともと美術に興味がありました。
 高校の頃に帰国子女関連の本を読んだのがきっかけで、帰国子女教育や国際理解教育にも興味を持ちました。学芸大に海外子女センターという全国共通の施設があったので、学芸大の美術科を志望したんです。ですが入学してからは部活中心の生活で、美術についてあまり勉強していなかったので、先生が「西村くん、ちょっと勉強しておいで」と美術館のアルバイトを紹介して下さったんです。鑑賞教育にはそれまであまり関心がなかったのですが、その縁で今では専門と言えるまでにもなったので、その先生にはとても感謝しています。

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美術科の学部生・院生・卒業生・修了生たちと実施する「子育て支援アートワークショップ」

先生は学生時代どのように過ごされていましたか?

 部活ばかりやっていました(笑)。ワンダーフォーゲル部に所属していて、山登りのために全国を渡り歩いていました。よく野宿もしました。「ステーションビバーク」といって駅に泊まったり。街には「隙」があるんです。野宿をずっとしていると、街の安全な場所がなんとなく分かってくるようになるんです。それが街の「隙」です。今はとてもじゃないけどできないですが(笑)。当時は雪山に行ったり岩登りをしたり、川から山に登る沢登りなどもしていました。もう忙しくて勉強なんかやってられないくらい(笑)。大学院の時に友達とヨーロッパのモンブランにも登りに行きました。今は山のやの字も見当たらず、登山靴もどこへいったかわからずですが(笑)。

先生のご趣味はなんですか?

 コロナ禍で家にずっと居て、ある日ふとスマホの万歩計を確認したら一日140歩程度しか歩いていなかったんです!これはいけないと思って街歩きを始めました。実際歩いてみるといろいろな気づきや出会いがあって、面白い看板だとか不思議なお店とか結構あるんですよね。自分は鑑賞の専門ということもあってそういうものを見ることが凄く楽しいです。
 また、コロナ禍で自分を見直す機会が増えて、昔好きだったものに取り組んだりしています。それこそ昔好きだった地学や岩石の本を読み返したり、鉄道も好きだったので鉄道模型をまた買い始めたりしています。あとは料理も趣味になっています。料理って粘土遊びに似ていますよね。家族はまったく共感してくれませんが(笑)。

学芸大生に一言お願いします。

 今はコロナ禍で大変な状況ですけれども、いろいろ人やモノと出会って自分の価値観を広げてほしいなと思っています。学芸大は全国から人が集まっていてそれぞれ持っているものが多様であると思うので。大学の4年間は皆さんにとってとても大切な時期です。大学ではいろいろなことができるので、どんどんチャレンジしてください。何でも前向きに楽しんでいけるエンジンのようなものを育ててほしいと思います。多摩地区に留まらず、広い世界へ出てみて下さい。

(掲載日:2021.1.22)

取材/今野由唯、渡部光

西村 德行 先生

Profile

西村 德行 先生

1971年京都市生まれ。東京学芸大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科修了。東京都区立中学校、筑波大学附属小学校を経て現職。専門は教科教育学(美術科教育)、鑑賞教育。図画工作の楽しさをワークショップを通して全国の子供たちや先生方に伝える「図工のおきぐすり」を主宰。また図画工作の「ニューノーマル」を語り合う「図工夜話」をコロナ禍の6月から毎月YouTube(限定公開)で配信する。主な著書に「図画工作・みかたがかわる授業づくり」(単著、東洋館出版社)「図工・美術科教育(新・教職課程シリーズ教科教育第8巻)」(共著、一藝社)等