大谷 忠 先生
Vol.11
教職大学院 教育実践創成講座(技術教育サブプログラム担当)

先生のご専門について教えて下さい

 実は、私の中で二つ専門があります。一つは木材という材料をどう使うかという研究、もう一つが中学校技術の教員を養成する技術教育の研究、この二つが専門になるという風に考えています。

木材というものに興味を持ったきっかけを教えて下さい。

 大学院に進学した際に、技術教育の中でも何を専門にするか考えました。当時、技術においての材料というと、木材とか金属とかプラスチックがありましたが、その中で木材というものは自然に生えてくる材料なので、そのような生物材料を研究したら面白いんじゃないかと思って専門にしました。木材って、なかなか自分のいうことを聞かない、人と似たような側面があって、同じ種類の木でもそれぞれ違うんですよね。例えば同じヒノキでも、宮崎県の木と東京の木は違うんです。同じように、人もそれぞれ一人一人違いますよね?どちらかといえば金属は、熱処理をして自由に材質を変えられたりするのですが、そういうものに比べると自由に変えられない所があるのも人と同じで、木材の面白いところですね。

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先生が研究されている木質材料の生物系加工学について教えて下さい。

 木材は自然に生えてくるものですが、人間の骨もそうじゃないですか。人間の骨も生体材料といって、言わば生物ですよね?私はそのような自然の材料の性質を活かしてどのように加工するかというところに興味があって、その研究をずっとしてきました。最初に赴任した島根大学では、医学部の先生と骨の研究に取り組んで、例えばテレビ朝日系の米倉さんがやっているドラマ『ドクターX』にも取り上げられたのですが、患者自身の骨をネジに加工して、骨折部分を固定するという自家骨ネジによる骨接合術の研究をしました。この骨って、結局元に戻って、自然と治癒するようになるんです。面白いと思いませんか?また、このような木材や骨はミクロ的にも同じような組織構造を持っているんですよ。
 それと環境問題で、最近プラスチック製品がだめだといわれていますが、それは自然に分解されないために環境に影響を与えるからという理由です。じゃあ自然に優しい材料は何か?循環可能な素材は何か?というと、木材になりますよね。木材は木の中に炭素を固定してくれているので、二酸化炭素の増加を防ぐ役割を果たしています。ということは、この木を切って、使って、そしてまた植林して木を増やせば、地球上の炭素は木に固定されていきます。だから地球に優しいということになり、これからは木材をより利用する社会になっていくでしょう。そうしたら、木製のものをどんどん使っていきたいと思うじゃないですか。それで、どのように木を加工して使っていくか、考えていく研究をしています。具体的には、木材の優れた性質を残して,表面だけを加工して性質を変えることによって、燃えにくくしたり、水を弾いたりする研究です。こんな材料ができると、もっと木材がいろんなところに使われるようになるじゃないですか。そんな木材を開発するため、私の研究室では、木材表面を摩擦処理して、細胞の筒状の構造がまったくない新しい性質を持った表面を創ることに成功しました。

技術教育に興味を持ったきっかけを教えて下さい。

 小さい頃はものづくりとかスポーツが好きで、勉強しない子どもでした。ラジコンが好きで、まわりの友だちは車のラジコンを買っていたのですが、私は飛行機のラジコンも欲しかったんです。その当時、飛行機のラジコンはエンジンでしか飛ばなかったのですが、京セラという会社から電気のモーターで飛ぶ飛行機のラジコンが初めて登場しまして、ものすごく欲しくてたまりませんでした。それが欲しいために、親に学校の勉強でいい成績取ったらこれを買ってくれとせがんで、買ってもらいました。それで遊ぶこともそういうものを作ったりするのも大好きでした。あと、プログラミング教育の走りだと思うんですが、昔タミヤから戦車の模型をプログラミングで走らせるコントローラが出ていて、小さい頃、お年玉をためて手に入れて、夢中でやりましたね。つくることが好きだったので中学校の技術とか美術,小学校の図工の時間もすごく好きでした。あとは人前で話すことが好きで、このペースで行くとやはり教員でしょうということになって、ものづくりもできる先生になろうかなと思い、技術の教員になる大学に行きました。途中挫折もたくさんありましたけどね(笑)。

大学では何を研究されていたのですか?

 技術という言葉はいろいろな意味で使いますよね、技の側面もあるし、テクノロジーもそうだし。小学校の頃に夢中になった飛行機のラジコンとか、プログラミングとか、そういう最新の技術について教えるのかと思っていたんです。でも大学に入ったら、授業で木工のカンナがけをやったんですよ。なんでこんなことやるのかなと、最新の技術のことはやらないのかと疑問を持ちました。2年生くらいの時に『技術論』という、技術はどういうためにあるかを考える授業を受けた時に、技術ってこんなに深い話があったんだと知りました。そして大学院でさらに勉強したいと思い、別の大学の修士課程に進みました。大学院に行って、技術・家庭科を教科にするのに文部省で尽力された先生の勉強会に参加するようになったんですが、そこで「大谷くん、専門を持たなければならないよ」と言われ木材の研究を気合を入れて始めました。さらに研究したいなと思い東京農工大学の博士課程に行って、修士課程と合わせて5年間木材の研究をつきつめました。

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5年間木材の研究をされたあと、教員になったのですか?

 学芸大の学生たちは、各選修・専攻に別れて教科教育を学びますよね。そして、教科の専門的な内容を教える先生と、教科教育法を教える先生の両方がいるじゃないですか。このように「専門」と「教科教育法」を別々に学ぶということが、実際に先生になって教える時に難しさを生じさせてしまう側面があるのかなと思っています。教科の内容と教育法を分けて教えられても、いったい教育現場にどう役に立つのかは、学生たちが自分で咀嚼(そしゃく)して活かさなければならないですよね?せっかくだったら、それを逆に教科の専門のことと教育法のこと、二つのことを一つで押さえて、大学教育ができるんじゃないかと考えました。農工大を修了後もう少し専門を研究するために、教員養成ではない大学、島根大学の総合理工学部に勤めたんですよ。そこで材料の研究をしばらくしました。その後、専門の木材の研究から教育学に戻ろうと、母校の茨城大学の教育学部へ移りました。そして博士課程の学生さんにも教えられるということもあって、10年くらい前に学芸大学に異動しました。その時に教育学の博士号も取得したので、二つの専門をもったのです。

学芸大学ではどのような授業をされていますか?

 学芸大学では木材加工の授業と中等技術科教育法の授業も教えているのですが、教科の内容の授業の中で教育法のニュアンスを入れたり、教育法の授業で木材加工の内容を入れたり、両方をクロスさせて、この教科の内容がどう学校の勉強に役立つのかということをなるべく説明するようにしています。二つの専門を研究してきたことが、今の自分の糧になっていると思っています。

STEM教育について教えて下さい。

 STEM教育は技術教育をもっと広くとらえていこうっていうものと考えています。例えば、理科では電気の勉強をしますよね?技術でもしませんでしたか?あれって理科と技術で教わることの何が違うのかと思うじゃないですか。学校は教科で教わっていることを飛び越えることができないじゃないですか。だから総合的な学習の時間が作られたのですが、実際に総合的な学習の授業をすると、どうも生徒にしてみては印象に残らない授業になってしまう。それは、授業の作り方がうまくいっていないからだと思います。理科と技術で同じ電気を学びますが、それぞれ学ぶ目標が違うので、これを複合的にどう勉強したらいいのかを考え、総合的な活動にしたものがSTEM教育です。STEMのSはSCIENCE、科学になりますが日本では理科。TはTECHNOLOGYで技術。EはENGINEERINGで工学、私はエンジニアリングと呼んでいますが、MはMATHEMATICSで数学ですね。AIが発達し、いろいろなことを代用してくれることが期待されている中、じゃあ人間は何をすればいいのかというと、これからの時代は新しい価値を作ることが求められているじゃないですか。そのためには、自由に自分たちで考え、デザインしていく力も大事ということで、STEMにARTのAを入れてSTEAM。ARTは教養的なリベラルアーツの意味も含まれていて、新しい価値を生み出す際に、日本の伝統文化を踏まえて自由な発想を膨らませる文系の教養の力も必要になっているということです。文理を融合しSTEAMに落とし込む。これは今までの総合的な学習の時間にはなかった新しい試みなのではないかと。内容がごちゃ混ぜにならないよう、STEAMの視点で捉えると、子どもたちも漠然とせずに、積極的に取り組みやすいのかなと思います。そういう授業は面白そうだと思いませんか?

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具体的にSTEM教育でどんな授業ができるのでしょうか。

 私は、東京学芸大こども未来研究所で、技術やSTEMの新しい教材開発をしています。レゴのようなブロックの教材で、自分たちで自由に好きなように作れるものです。例えば、横浜や長崎のような坂道の多い街で使える車ってどんな車?というのを自分たちで考えて、いかに坂道を効率よく走ったり、時にはパワーの必要な車を設計して作り上げるか、中学校の技術でこういうものを取り入れた授業を展開していっています。この教材を貸し出すだけでなく、サンプルの指導案も一緒に中学校の先生に渡して参考にしてもらっています。このプログラミングのボードも、私が小学校の頃、1万3千円お年玉を貯めて買ったプログラミングのおもちゃと同じようなコンセプトの教材で、このような教材が100校以上の学校に入っています。

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先生のご趣味は何ですか?

 子どもの頃からスポーツは好きで昔から野球をやっていました。最近は自分で運動するのはあまりできていないですけど、今はスポーツを見たりしていますね。バレーボールや卓球やテニス...一通りのスポーツは見ています。あとは映画を見ることも好きですね。洋画だと特にアクション、邦画はいろいろ見ますが、ホラー映画が好きです。私は「リング」を夜中に一人で見ていた時に、最後の井戸のシーンのところでテレビがいきなり壊れたという体験をしました。本当にメチャクチャびっくりしましたよ(笑)。でもホラー映画は見た後にスッキリしますね。

学芸大生に一言をお願いします。

 大学の授業って、どうですか?面白いのもあればつまらないのもありますよね...(笑)。学芸大生にやってもらいたいなと思うのは、この学芸大の先生の授業を受けて、自分だったらこうやって教えるとか、こうやって授業をしてみたいとか、僕だったら木材のことを大谷よりこうやって上手く教えられるよとか、常に心の中で思って私達の授業を見てくれるような人たちになってほしいなと思います。

取材/今野由唯、渡部光

大谷 忠 先生

Profile

大谷 忠 先生

1971年富山県生まれ。魚津高等学校卒業,小学校から高校まで野球とものづくりに邁進。茨城大学教育学部卒業,横浜国立大学教育学研究科修士課程修了,教科の専門を極めるため,東京農工大学連合農学研究科博士課程修了,博士(農学)取得後,島根大学総合理工学部に助手として赴任し,助教授に昇任,その後母校に戻り,茨城大学助教授,准教授として勤務した後,2010年から東京学芸大学に赴任,その間に教科の教育を極めるため博士(教育学)を取得。専門は木材加工と技術教育。技術教育の視点から,教員養成大学における教科教育,教員養成システムの在り方を模索中。主な著書に「小学校でできるものづくり技術 入門編」(三恵社)等。