露木 信介 先生
Vol.16
人文社会科学系 社会科学講座 社会福祉分野

先生のご専門について教えて下さい。

 私の専門はソーシャルワークです。社会福祉や、福祉の相談を受ける専門職になります。もともと大学の教員になるまでは15年弱ほど病院で医療ソーシャルワーカー(社会福祉士)をやっていたので、専門の領域としてはソーシャルワークの実践、実践の領域としては医療領域ですね。

ソーシャルワークというものについて詳しく教えてください。

 ソーシャルワークとは「人々のウェルビーイング(Well-Being)を高めること」というのが大目標にあります。とても抽象的なのですが、ウェルビーイングとは人それぞれが「よい(Well)・状態(Being)」になることで、基準というものはありません。その本人にとって今の状態がよりよいものになるのが、社会福祉やソーシャルワークの目的になります。
 一般的な福祉というと貧困の中にある人や、障がいのある人、病気の人など、大変な状況の人たちを対象としているイメージがあるかと思いますが、それはウェルビーイングに対してウェルフェア(Welfare)という考え方をします。このフェア(Fare)というのは手段的なもので、ウェルフェアは、生活をするために豊かか/そうでないかというような価値基準とも言えます。例えば貧困か/貧困ではないか、貧困線という基準が引かれていて、貧困線より下にいる人をそのラインまで引き上げるというものが昔の福祉/福祉観でした。今は、一人ひとりにとって、それぞれが「よりよい状態」になること、ウェルビーイングを高めることがソーシャルワークの大きなテーマとなっています。そのためにソーシャルワーカーは専門的な知識や技術を駆使しながら援助をしていると考えてもらえればと思います。

ソーシャルワーカーはどのような援助を行うのですか?

 ソーシャルワーカーは業務を独占するような資格ではなく、その名称を独占してクリエイティブにさまざまな活動をします。個室の面談室で面談をしたり、グループワークやイベントを企画したり、地域の人々やボランティア、企業などと一緒に地域づくりをしたり、当事者や議員とともに制度改正や新制度を要望したり、様々な方法を使いますが、その際に大切なルールが4つあります。それは、社会正義(社会全体が公平・公正であること)、人権(一人ひとりの人権を大切にすること)、集団的責任(人々がお互いに責任を持ち、持続可能な社会や自然環境、資源を含めた環境に対して責任を持つとともに、社会の中で人々が互いに支え合う共生社会の実現を目指すこと)、多様性の尊重(それぞれの考え方や価値観、あり方を尊重し合うこと)、この4つのルールを侵さない限り、先程お話ししたウェルビーイングを高めるために、極端に言ってしまえばどんな方法を使ってもよいのです。

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 ソーシャルワークの特徴は3つあります。1つ目は人々の生活課題(Life Challenges)、つまり取り組みやチャレンジを支えているということです。生活課題や問題を、個人の脆弱性とか、環境の不足とか、どちらか一方に見出すのではなく、個人と環境双方の関係性から生じると考えています。例えば不登校の課題を挙げるとします。私たちソーシャルワーカーは、不登校児の脆弱性のみに着目するのではなく、またクラスや学校という環境が悪いという捉え方もしません。その児童の状況とクラスや学校の状況が上手くフィットしていないと捉えそれぞれの良いところ(個性や独自性)を見出して、うまく融合したら何ができるだろうという支援の仕方をします。つまり、何かサービスや社会資源を投入するのではなく、身近な生活や活動の中からその機会を見出していきます。先程もお話しした通り、とてもクリエーティブでしょ(笑)。
 2つ目は、個人や家族というミクロシステムから、学校や地域というメゾシステム、さらに制度や社会、国家、国際というマクロシステムまで介入するということです。福祉の相談というと、例えば、貧困の場合、個人的な問題といったイメージが強くなりますが、所属する集団や職場、住む地域や社会や国家といった幅広い対象に介入します。
 3つ目は、本人の独自性や個性を大切することで、「良さ」や「潜在的な能力」を見つけてあげられる存在になるということです。そして、その独自性や個性を認め、尊重し、見守り続けることが大切です。これを、ソーシャルワークの専門用語では、「ストレングス」と言います。そのような存在がいるということは、すごく大切なことだと思います。

具体的にどのような研究をされていますか?先生の研究テーマを教えてください。

 「がん医療とソーシャルワーク」について研究しています。現在、日本人の二人に一人ががんにかかる時代で、死因の3割はがんなのです。ですが、がんに限らず自分が病気になった時の治療費を貯金している人は少ないですよね。治療するにはお金がかかりますし、家族のサポートも必要になります。ソーシャルワーカーは病気を診断したり、直接的に治療したりしないですが、患者さんが安心して治療を受けられるようにサポートをする役割を担っています。例えばひとり親が入院治療する場合、自宅に残る子どもはどこで生活をしたらいいのか、入院費や給食費などの経済的な問題はどうしたらいいのか、様々な問題が出てきます。この時、治療が必要なことが分かっていても、これらの問題が解決されない場合、時に「手術を拒否」する方もいらっしゃいます。そういった意味では、治療を受けられるようにサポートするために、具体的な支援をすることがとても重要です。
 また、がんの患者さんをどのように理解していくかというのも研究のテーマの一つにしています。がんを疾患で見た場合、身体的な問題だけを見ますが、人には社会的な側面、心理的な側面、文化的な側面があって、患者さんを全人的(ホリスティック)に理解していくことをソーシャルワークの研究の中で大切にしています。全人的な要素の中に、スピリチュアルな側面というのもあって、WHOでは、がんのトータルペイン(苦しみ・痛み)を、身体的、心理的、社会的、スピリチュアルという4つの側面でとらえ提唱しています。個人を多側面で理解するという研究は、今一番メインでやっています。他には、後継者を育成する「スーパービジョン」という教育体制の研究や、チーム医療やIPW(インタープロフェッショナルワーク)と呼ばれる他職種の連携協働についても研究しています。

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寄付で運営されている小児がんの子どもための病院の動画を見たのですが、コメント欄に「なぜ税金をこういうことに使わないのだろう」という意見がありました。

 そういった民間や寄付で運営している施設がありますね。小児がんというのは希少がんなので、地方にいる場合は、都市部にでてこないと治療が受けられない。それで入院するので、生まれてから1度も家に帰ったことがない子どもがいっぱいいるんです。また、小児病棟というのは、子どもが面会することができないので、兄弟などに一度も会えない子もたくさんいます。病院の敷地内に家族でゆっくり過ごしたり親が宿泊したりできるスペースを作れば、体調の良い日に、一時外出をして兄弟と遊んだりすることができる。そういった活動もなされていますが、小児にかける国の医療費は僅か6%ととても少なく、医療費の6割以上が65歳以上で使われているのが現状です。病気を治すことだけでなく、福祉的な観点や生活を支える視点というのはとても大切で、医療の中にも実生活をどういうふうに結びつけていくのかというのは、すごく考えるところですね。

ソーシャルワーカーの方たちは具体的にどんな仕事をしているのですか?

 公務員としては、市区町村の福祉事務所や、都道府県の児童相談所などがあります。福祉計画や政策を作っている人もいます。また、社会福祉協議会は災害時のボランティア活動の窓口や生活福祉資金の貸付の窓口などをやっていて、地域の中の福祉を牽引している所です。このほか、教育委員会や学校のスクールソーシャルワーカー、高齢者施設や障害者福祉施設の相談員、司法関係機関では保護観察官や家庭裁判所の調査官などもいます。もちろん、私の専門分野である医療機関でも医療ソーシャルワーカーが活躍しています。また独立型社会福祉士事務所というのもあります。このようにソーシャルワーカーの範囲は幅広く、日本では、社会福祉士や精神保健福祉士という国家資格があるのですが、社会福祉士の場合、特定の分野のみの知識や技術の習得にとどまらず、国家試験の科目は19科目もあり、幅広い知識や技術の習得が必要となります。

福祉の課題にはどのようなものがありますか?

 過疎化や限界集落というのもありますし、少子高齢化に伴う人口の減少もあります。日本の人口は40年後には9000万人を切るといわれています。単純に計算すると1年間で約100万人ずつ減っていくことになり、それは中規模の都市がひとつなくなるペースです。地域格差、教育の格差、児童虐待、貧困というものもあります。働き方の問題もあり、日本では一般的に正社員が「よい」という価値観がありますが、北欧などの福祉が進んでいる国では、自分の生活に合わせて働き方を考えています。日本では働き方が固定化されているというのも福祉の課題なんです。他にも、性的マイノリティや、ジェンダー、虐待など人権の問題もありますね。

社会福祉に興味を持ったきっかけを教えてください。

 私が社会福祉に興味を持ったのは、高校3年生の時に、医療に興味があって、国際エイズ会議という国際学会に参加しました。そこで、アメリカのチルドレン・ソーシャルワーカーと出会いエイズの問題は、医学的なものだけでなく、教育や福祉などの問題があることを知りました。それをきっかけに、医学系のシンポジウムから、エイズ教育や人権問題などのシンポジウムに参加するようになりました。参加したストリートチルドレンに対するエイズ教育プログラムのプレゼンテーションの最後に、プログラムを受けた子たちの言葉が紹介されました。「エイズって潜伏期間があるんだね。ぼくたちは明日食べるものがないから、エイズより餓死で死んじゃうよ」。その言葉に衝撃を受け、忘れられない言葉となりました。それまで、エイズは病気だけの問題だと思っていたのですが、病気とともに生活していく人がたくさんいることに気づいたのです。この体験から、病気や障害とともに生活する人を支える仕事がしたいと思ったのが、ソーシャルワークや福祉に興味を持ったきっかけです。また、学会の会場外では、エイズの当事者やボランティアやNPOの人々が自主企画のシンポジウムをやっていて、医療分野だけではない広がりがありました。

大学でどのような授業をしていますか?

 皆さんが受講できるものといえばソーシャルワーク論Ⅱという1年生の秋学期に持っている講義があって、今まで話したようなことをもっと専門的に深める内容になっています。あとは医療福祉論という科目を担当していますが、内容としては、保健医療サービスについて体系的に学ぶので、例えば、病気になった時にどうしたらいいのかが学べます。医療費のことや医療保険のしくみ、インフォームド・コンセントなどの患者の権利のしくみ、生命倫理や、脳死の問題や尊厳死などの問題も扱います。ただし、どちらも社会福祉士の国家試験科目に該当するもので、やや専門的な内容になります。また、ソーシャルワークの演習や実習の授業は受講制限(人数制限)があるので、受講することはできないのですが、ソーシャルワークの実践的な相談の援助技術を演習形式で学ぶ授業を担当しています。担当する授業が専門的な内容なので受講するのはハードルが高いかもしれませんので、お話を聞きたい時には研究室に遊びに来てください(笑)。

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先生の今後の目標を教えてください。

 自分の最後を過ごす街づくりをしたいと思っています。地域づくりというよりは、コミュニティを作るようなイメージです。地に足が着いた生活というか、説明できる生活・生き方ができる場所というのを、周りの仲間と作っていくような活動がしたいなと思っています。そういった意味では、固定化された「場」づくりというより、流動的な「機会」づくりだったり、「縁」づくりだったりをしたいと思っています。

先生のご趣味について教えてください。

 旅が好きなんですよ。その地でスキューバダイビングやトレッキングをしたりもします。キャンピングカーで北海道一周をしたりもします。旅に行く時のキーワードとして「ファッション」があります。「ファッション」というのは服飾もそうですし、音楽だったり、地酒だったり、そんなものをキーワードに旅をします。例えば地酒では、本場フランスのワインを飲みに行ってみたり(服飾ではパリコレ:Yohji Yamamotoなど見にいったり)、アメリカのナパ・バレーという有名なワインの産地に行ってみたり、オーストラリアやニュージーランドのワインバレーに行ってみたり、ワインきっかけで旅をしたりしています。その土地の食べ物やお酒、音楽や楽器,服飾やアートなどに触れることで、地元の人とコミュニケーションしてつながることが好きなのかなって思います。その土地のコミュニティや民族のあり方などに関心があるんです。今では、各地、各国に「ただいま」といって帰れる場所があります。もちろん旅先できちんと医療や福祉、ソーシャルワークのリサーチもしていますよ(笑)。

学芸大生に一言

 ソーシャルワークの学生に話していることがあります。あなたが「何もしなくても」、きっと「誰か」が未来や世界を変えていくと思います。しかし、その知らない「誰か」に、あなたの大切な未来や生活・人生を預けていいのか? もう一歩踏み込むと、賭していいのか? を大学生の時には考えてほしいと思います。
 そのために、既成の価値や概念などにとらわれることなく、自由に想像し、創造し、学びを深めていってほしいと思います。また、自ら出向き、五感を使って、物事の本質を見極める力を養い、「真実」を探求してほしいと思っています。そのためには、スマートフォンやSNSで求められる「正解」ではなく、広い教養から得られる「答え」を見つけ出してほしいと思います。その「真実」や「答え」は、皆さんの個性であり、独自性となります。そして、この「独自性」が皆さんの武器となります。
 また、『疑い』と『怒り(いかり)』の心を持ってほしいと思います。『疑う』とは、「社会や社会常識を疑い」「正解や固定観念を疑い」「他者が創る未来を疑い」ってほしいと思います。『怒る(いかる)』とは、一方的に非難・批判したり反発したりするのではなく、物事を多面的に疑い、声を上げることが大切だと思います。
 世界各地でおこっている地球規模の環境破壊により、このままでは、確実に人類や地球は滅びるでしょう。そうならないためにも、予測された未来に受動的になるのではなく、自らの未来を、自らの手で、能動的に想像し、創造することが大切だと思います。
 一緒に、素敵な未来、世界を想像し、創造していきましょう。

取材/今野由唯、渡部光

露木 信介 先生

Profile

露木 信介 先生

神奈川県出身。社会福祉士。認定社会福祉士(医療分野)。大学卒業後に、社会福祉法人立の医療機関で医療ソーシャルワーカー(社会福祉士)として勤務しながら、大学院で研究を進めた。その後、民間の医療機関でチーフ・ソーシャルワーカー/スーパーバイザーとして実践をする傍ら、大学や専門学校の非常勤講師、現場ソーシャルワーカーへの研修などの教育や、論文執筆や研究発表などの研究に従事した。2011年東日本大震災をきっかけに、埼玉県立大学に着任し研究・教育に携わるようになり、2015年4月より東京学芸大学、同大学院に在籍している。現在は、東京と長野を拠点に生活をし、国内の各地や、パリやサンフランシスコ、メルボルンやシドニー、ウエリントン(ニュージーランド)、ハワイなど点々としながら、その土地や民族固有の知を「ファッション」や「医療・福祉」をキーワードに旅を続ける。