大学の中では授業が行われているだけでなく、様々な研究プロジェクトが動いています。学内の研究プロジェクトでは、一体何が行われているのでしょうか?先生方がどのような活躍をされているのか、学生のみなさんも知らないかもしれません。 そこで、今回の「せんせいのーと」はスペシャル版として、次世代教育研究推進機構で活躍されている3人の先生にスポットをあて、次世代教育研究推進機構でどのような活動をしているのか、お話を伺いました!
先生のご専門と、自己紹介をお願いします。
{柄本健太郎 講師}
専門は教育心理学、教育工学、道徳教育です。次世代教育研究推進機構は、資質・能力(コンピテンシー)という「社会の中で活躍するために子どもたちに求められる力」についてOECD(経済共同協力開発機構)と共同研究を行い、国内外に最新の教育について様々な情報提供を行う機関です。私は2015年の機構の発足時に着任し、文科省などの機関とも連携しつつ、専門分野に留まらず幅広い業務を担当しています。
例えば、これまで附属学校と連携してほぼすべての教科・領域の授業収録を行ったり、オンライン型映像教材を学内の先生方と共同で開発して公開したり、OECD主催の国際会議で日本の実践事例を発表したり、文部科学省やISN等の関係機関と調整・連携したりしてきました。事業の一環として、大学内の関連する機構へ参加した経験もあります。
また、運営面では関係機関との調整、スタッフの人事・面接、業務割り当て、グループウェアを使った情報共有・進捗管理・研究相談への対応を行っています。
ちなみに、麺類が好きで、学食ではいつもかきあげそばの大盛りを食べています。
{田邊裕子 助教}
専門は音楽教育学です。ですが機構では、専門の音楽教育にとどまらず、他の教科・領域についても授業分析を行っています。機構の活動では、小学校・中学校のカリキュラムや授業実践の全体を対象としているので、機構に所属するメンバーは、私に限らず、専門外の教科や分野について扱う機会が多く、新たなことを学んだり、また自分の専門領域の外側からそれを見つめ直すことができたりといった、貴重な経験をしています。
現在、私は、学校のカリキュラムにおいて資質・能力(コンピテンシー)を育成するために必要な情報の検討・収集・整理、そうした情報のデータベース構築を担当し、大学内の様々な教科・領域の先生方と連携しながら進めています。
あとは、猫が大好きで、今のところ飼った経験も飼う予定もないのですが、いつ何が起きてもいいように、飼い方マニュアルを収集しています。
{雨宮沙織 助教}
私の専門は教育哲学、教育思想です。主にドイツにおける教育思想を研究しています。これまでは18世紀後半から19世紀にかけての思想を中心に扱ってきましたが、現在は機構の研究との関連で、コンピテンシーという概念の扱いや教育制度改革などを含めたドイツの現在の教育動向についても、調査しています。
機構では、主に研修・発信部門関連の仕事を担当しています。例えば、国内での研修がどのように行われているか、全国の先生方が研修に対してどのように感じているかを調査したり、教育委員会や教員研修センターと連携したりすることを通じて、子どもたちの資質・能力、コンピテンシーを育成するための研修のあり方を模索しています。
学生の頃から椎名林檎さんの大ファンです。今年2020年の新年早々、東京事変が「再生」するというニュースが飛び込んできて、大変心躍っています。
次世代教育研究推進機構には3つの部門があるそうですが、どのような取組をされているのでしょうか?
【育成部門】
田邊:昨今、「資質・能力(コンピテンシー)の育成」というテーマは日本の教育全体において注目されているので、言葉を耳にしたことがあるという方も多いと思います。とはいえ、資質・能力(コンピテンシー)って何ですか、どんな授業をすればいいのですか、と聞かれると、答えることが難しいなぁと思いませんか?育成部門ではまさに、日本の小学校・中学校の授業の中でどのような資質・能力(コンピテンシー)を育成できるのか、そして授業において資質・能力(コンピテンシー)を育成するためにはどうすればいいのか、という問いを中心に研究に取り組んでいます。
育成部門の研究活動は、12教科・領域の大学教員や附属小学校・中学校の先生方と連携して進めていることが特徴です。それは、資質・能力(コンピテンシー)は様々な教科等の活動で育成され、学校教育活動全体で育成された様々な力の総合として捉えることが適切である、と機構では考えているからです。そのため、育成部門では特定の教科だけではなく、様々な教科・領域を対象に、教科の固有性と教科を超えた汎用性、両方の視点から資質・能力(コンピテンシー)の情報を収集しているのです。
【評価部門】
柄本:学習過程において評価の役割は非常に大きく、資質・能力の評価という新しい分野での理論的な整理と具体的な評価方法の開発は、学校教育における差し迫った課題といえます。また、エージェンシー(Agency)はOECDの進めるOECD Future of Education and Skills 2030事業において中核となる概念とされており、新たな時代の主体性ともいえる力です。予測困難な時代の中で、子どもたち自身が人生の答えを見つけ、社会の中で活躍し、豊かな人生をつくっていく上で欠かせない力と考えられています。しかし、日本人にとってなかなかイメージしづらく、具体的な姿がまだまだ明確ではありません。
そこで、評価部門では、学校教育の中で「資質・能力(コンピテンシー)育成の成果をどのように確認し、どのように評価するのか」・「子どもたちのエージェンシーと先生のエージェンシーをどのように育成できるのか」について、国内外の先生方の参考になるような情報を提供できるよう研究に取り組んでいます。これら二つの研究内容は、今後の日本・世界の教育に大きく貢献できる可能性を持っていると考えられます。なお、評価部門では、心理学・教育工学・道徳教育・学校教育学などといった、様々な専門領域を持った先生方が学際的に研究を行っています。
【研修・発信部門】
雨宮:研修・発信部門では、育成部門・評価部門で得られた成果を、様々な媒体で発信したり、教員研修で活用したりすることを目標としています。
2018年まで「発信部門」という名称だった本部門は、2019年より「研修・発信部門」と名称が変わりました。この背景には、国際的にも、また国内においても、教員研修を含めた教師教育のあり方について、様々な検討が求められている状況にあることが挙げられます。次世代教育研究推進機構が関わっているOECD Future of Education and Skills 2030事業も、2019年からフェーズ2という段階に入りました。フェーズ2では、「子どもたちの学びを助けるために、教師に求められる力はどのような力か」が問われる予定です。そのため、教師の力量や教授法に、議論の力点が置かれています。
現在は、このような社会的背景を考慮しつつ、機構の成果を研修としてどのように活用するか、ということを中心的な問いとしながら、活動を進めています。それと同時に、次世代教育研究推進機構のホームページや、学芸大の総合ポータルサイトであるFinding GEMsなどを整備することで、機構の研究成果をどのように発信すれば良いかについて、検討しています。
授業撮影の様子
そのような取組の具体的な例とその成果を合わせて教えていただけますか?
【育成部門】
田邊:2015~2017年度までの研究活動では主に、「小学校・中学校の授業の中でどのような資質・能力(コンピテンシー)を育成できるのか」の問いに取り組んできました。まず、日本の学校教育において育成可能と考えられる7つの汎用的スキルと8つの態度・価値からなる資質・能力(コンピテンシー)の枠組みを整理しました。そして、実際の様々な授業の中でそうした資質・能力(コンピテンシー)の育成がどのように行われているか、授業映像と児童・生徒の自己評価から分析しました。この成果は、後ほど【研修・発信部門】で詳しくご紹介する21CoDOMoS(動画配信システム)上でご覧いただけます。
2018年度からは、「授業において資質・能力(コンピテンシー)を育成するためにはどうすればいいのか」の問いを軸に研究活動を行っています。「資質・能力(コンピテンシー)を育成できる授業をしてください」と言われたら、どのような情報が必要になるでしょうか?「これまでどのような授業があったのかな?」、「どのような手立てが効果的かな?」、「どのように評価すればいいかな?」といったことが知りたくなるかもしれません。このうち評価については評価部門が担当しますが、育成部門では、資質・能力(コンピテンシー)育成の授業を行うために必要な様々な情報を入手できるデータベース、CMCD(Curriculum Map for Competency Development)の構築を進めています。
【評価部門】
柄本:まず、「資質・能力(コンピテンシー)育成の成果をどのように確認し、どのように評価するのか」については、例えば、附属学校と連携してICTやルーブリックを用いた資質・能力評価を開発したり、探究学習によって育成される資質・能力の整理を行ったり、道徳・特別活動の具体的な評価方法に関して調査を行ったり、資質・能力の評価の難しさについて現場の先生方を対象にアンケート調査を実施したりしてきました。様々なアプローチから資質・能力の評価という課題に取り組んできたといえます。これらの研究の成果は2019年に書籍「学校教育ではぐくむ資質・能力を評価する」(関口貴裕・岸学・杉森伸吉(編著)、図書文化社)としてまとめられています。
次に、「子どもたちのエージェンシーと先生のエージェンシーをどのように育成できるのか」については、エージェンシー(Agency)、ウェルビーイング(Well-being)などの概念を対象に、道徳科を含む道徳教育、特別活動、さらには全教科・領域でどのように育成可能なのか検討を行っています。評価部門は2019年に、道徳科・特別活動・「生きる力」とエージェンシーとの関連を検討したり、調査によって生徒のリアルなウェルビーイングの姿を明らかにしたりしてきました。これらの研究成果は、論文として2020年2月に順次公開予定です。
【研修・発信部門】
雨宮:次世代教育研究推進機構の取り組みの大きな成果の一つが、2015年〜2018年にかけて開発された21CoDOMoS("トゥウェンティーワン コドモス"、私たちは「コドモス」と呼んでいます)という動画配信システムです。21CoDOMoSとは、オンラインで研究授業ができることを目的として開発されたシステムで、学芸大の附属小・中学校で撮影した授業映像を公開しています。ここで公開されている授業は、「資質・能力(コンピテンシー)の育成を目指した授業」であり、ご覧いただくと、資質・能力を育成するための様々な工夫を見つけていただくことができるかと思います。教育関係者の方に利用していただくことを想定していますので、現場の先生方だけでなく、教職課程に所属する大学生にも、活用していただければうれしいです(こちらから、利用登録が可能です!)。現在では、附属小・中学校の授業映像だけでなく、学芸大内の様々な研究成果や、授業映像のコンテンツを見ることのできるシステムとして、多くの方に活用していただけるように、機能の拡張や整備を行っています。
21CoDOMoSウェブサイト
また、21CoDOMoSを用いて、研修を行うという取り組みもしています。これまでの研修としては、昨年8月に行った免許状更新講習があります。この講習では、現職の先生方が21CoDOMoSを用いて授業を視聴したのち、学校種を交えてグループディスカッションを行いました。現在は、八王子市教育委員会や、埼玉県立総合教育センターとも連携し、研修の実施、開発を進めています。
教員免許状更新講習で21CoDOMoSを使った授業動画の視聴
学生へのメッセージをお願いします。
柄本健太郎:おかげさまで、2015年4月にスタートした次世代教育研究推進機構は、この5年間で、スタッフと学内外関係者の総数が延べ100名以上という、大きなプロジェクトとなりました。文科省・ISNと共に日本代表として国際的な場で貢献し、同時に学習指導要領の改訂に資するように、また、現場の先生方のお役に立てるように、最先端の研究を行ってきました。
学生の皆様には、日本・世界の中で、東京学芸大学が最先端の取り組みを行っていることをぜひ知っていただき、誇りに思っていただけたら大変ありがたいです。今後は学生の皆様への存在感を高められるよう、一層情報提供・貢献できればと考えております。
田邊裕子:教員を目指す皆さんが教壇に立つとき、目の前にいる子どもたちは2030年以降の社会で活躍する子どもたちでしょう。次世代教育研究推進機構では、そうした子どもたちがより良く生きていくために必要な教育のあり方とは何か、教師は何をすべきか、ということを研究しています。そう考えると、皆さんにも少し身近に感じてもらえるのではないでしょうか?
今回はじめて、「学芸大学ではこんな取り組みをやっていたのか」、と知った方も多いと思います。教員養成という役割以外にも、大学では教育に関する様々なプロジェクトや取り組みを行っていること、そこでは私たちに限らず、色々な先生が活躍されていることを知ってもらえる機会となれば嬉しいです。
雨宮沙織:昨年から次世代教育研究推進機構でお世話になり、とても多くの刺激をいただいています。OECDや文部科学省、大学や学校の先生方、教育委員会の方々など、色々な文脈の中で教育と関わっている方々と関わりながら研究や業務を行うことは、私自身にとって、大きな学びとなっています。
調査や研究を進めていると、子どもたちはもちろん、教師をめぐる時代状況も、日々刻々と変化しているということを、ひしひしと感じます。研究という観点から、教師という仕事を支えられるような役割を担うことができればと思います。