2020年アーカイブ

人種問題という重荷

「信じられないかもしれないが、黒人であることが今までに背負わなければならなかった最大の重荷なんです。......人種問題はずっと私の最大の重荷でした。」これは、黒人で初めてウィンブルドンの覇者となったテニス・プレイヤー、アーサー・アッシュ(1943-1993)の自伝("静かな闘い"、NHK出版、原著翻訳ともに1993年)の中にある言葉です。彼は、心臓手術を受けた時の輸血が原因で、当時不治の病であったエイズに感染し、そのことに関して雑誌の取材を受け(1992年)、エイズはあなたにとってこれまで背負わなければならなかった一番大きな重荷でしょうねと記者がかけた慰めの言葉に対してこう答えました。この答えを聞いて、取材に当たった記者の顔には驚きと苦しげな表情さえ浮かんだとアッシュは書いています。

この言葉を本の出版当時(1993)ある書評で知り、私も記者同様大いに驚きました。公民権運動もあり、黒人の権利保障も進み、普通に黒人アーティストの音楽を聞き(マイケル・ジャクソンの"スリラー"が出たのは1982年で、当時にとっても10年も前でした)、黒人俳優の映画を見ている中で、アメリカの黒人は、それも相当に成功した層に属する人でも、公民権運動から30年経ったいまでもまだ自らの肌の色を意識せざるを得ない状況にあるということに衝撃を受けたのです。

ただ、この本を読んでみると、アッシュの言う"重荷"とは単に被差別者として心情を言っているのではなく、もっと複雑なものでした。家族とともに映るテニスの中継で、白人の友人から娘に贈られた人形が金髪であることに気づき、それがテレビに映ることが巻き起こすであろう反響(批判)を思い、娘が人形と遊ぶのをやめさせたこと、それでいながら、そのやめさせたことを恥じたこと、そして、そのことをその友人に話し、そんなこと考えてもみなかったと驚く彼らに、自分たちはいつもそうなのだと答え、うんざりする自分のことを記しています。一方、人々が働く新たな場に出会うと、必ずその場にいる「黒い顔や褐色の顔」を数え、何人そこに雇われているか、現業職には彼らが多いことを確認すると書いています。彼は、「人種差別に対処するのはわずらわしいことだが、人種差別が黒人全体に与えた無数の影響と取り組むのも同じくらい大変なことだ」とし、人種は二重の重荷だと言います。さらに、「厳しい生活環境によって黒人がとるようになった言動パタンは、それ自体が黒人をだめにするものだ」とも言います。そして、"社会は(差別を受けてきた)私たちに借りがある"という権利意識の風潮は、道徳基準の低下、堕落を引き起こし、何とかしなければならないとし、また、一生懸命努力することが重要と考えるがゆえに、差別撤廃措置(アファーマティブ・アクション)にも反対します。彼は、思慮深く、公正で、倫理的な人物なのだと思います。

5月25日、アメリカのミネアポリスでジョージ・フロイドさんが警官に拘束死亡させられたことに抗議するデモが国を越えて起こっています。その際のスローガン、"Black lives matter"。アッシュが人種問題を重荷と記してから30年、公民権運動の端緒となったブラウン判決から60有余年経った現在でも、こうしたスローガンが掲げられていることに今また驚きます。アメリカではデモの暴徒化も起きており、これに対し、トランプ大統領は、軍の投入も示唆するなど、火に油を注ぐような発言をしました。指導者にもう少しの賢明さがあったらと思いますが、人種差別という人が人に対して犯した罪の深さを思わされます。12日には、また、アトランタで黒人男性が警官に射殺されました。

緊急支援のお願いをしたところ、

6月2日に、新型コロナウィルス感染症拡大で経済的に困窮する学生への緊急支援を本学HPで訴えたところ、その週に100万円を越えるご寄付をいただくことができました。即座にご対応頂いたみなさまに心より感謝申し上げます。多くの方々によって本学の営みは支えられているのだと改めて感じ入りました。

緊急事態が宣言され、経済活動が自粛を要請される中で、ご存知のように学生の中には、経済的に困窮するものが出てきております。一部では、20%の学生が修学の継続が困難になっているとも言われているようですが、本学の学生・院生を対象として5月に行った調査では、100名強の学生が、感染拡大によって、経済的に多大な影響を受け、学費が払えない、家賃が払えない等、すでに生活に支障が出ていると答え、また、500名強の学生が今後生活に支障が出るだろうと答えています。政府のすすめる対策の他、本学独自の支援策として先月末に緊急貸与奨学金を準備したところ、30名ほどの申し込みがありました。今後は、政府の支援策の動向によっては、本学独自の給付型の奨学金なども必要になるかと思っています。

今回の事態に関連した経済的理由で、修学を諦める学生をゼロにしたいと思っています。引き続き各方面にご支援をお願いしていきたいと思います。ご協力のほど、何卒よろしくお願いいたします。