学長室だより

先端教育人材育成推進機構のオープニングイベント「近未来の学校・教師・子ども・地域と、大学の役割を考える」

もはや本学のウェブサイトにアップしてあることですが(2022-07-22 News)、7月15日(金)に、先端教育人材育成推進機構のオープニングイベントとして、パネルディスカッションを行いました。パネリストは、白井俊氏(文部科学省国際統括官付国際戦略企画官)、李炯植氏(認定NPO法人Learning for All 代表理事)、堀田龍也氏(東北大学大学院教授/東京学芸大学大学院教授)の御三方です。諸外国のカリキュラムに日本で一番詳しいとも言われる白井氏、学長室だよりでも取り上げた(2021-05-20 学長室だより)英気溢れる新鋭の教育支援事業者の李さん、そして、文科省の審議会や種々の委員会の主要メンバーであり、クロスアポイントメント制度により本学の教員でもある堀田氏によるパネルデディスカッションですので、有意義なものになることが大いに期待されましたが、実際は期待を上回るものとなりました。そこで、先端教育人材育成推進機構の事業を担当し、パネルディスカッションのコーディネータを務めた鈴木聡副学長に、概要及び感想などを書いてもらうことにしました。

――――――――――(以下、鈴木聡副学長)――――――――――――――――
パネルディスカッションでは、3名の登壇者より提言いただいた後、意見交換を行いました。まず、「教育に関連する機関や人材の連携」が話題になりました。教師の役割や学校への要求は増え続けています。白井氏は、李氏、堀田氏の提言を受け、子どもたちや学校の個々のニーズや機会に合った支援をマッチングし、連係していく上でテクノロジーの活用の可能性を提案しました。李氏は、世界的に見ても人材の連携は悩みどころであるとし、多くの学校との連携を積み上げてきた経験から、「学校と信頼関係を築ける鍵となるのは、子どもたちの目が変わったときだ」と言います。学校を支援する外部人材育成の視点からは、研修等で学校のシステムや児童理解の仕方等をしっかり理解させることが大切である一方、集団指導することと特性のある子どもに向き合うこととでは、別のスキルが必要だとします。そして、特性のある子どもへの対応は、学校だけでなく医療、福祉等のいろいろな場所や人との連携の上で成り立つものなので、そうした視点を養成段階からもつことで、教員なら教員の守備範囲を適度に保つことも可能になるのでないかと示唆しました。こうした発言を受けつつ、堀田氏は今こそ「学校の限界を宣言するタイミングだ」とし、「学校はここまでしかできない、だからこういう支援が欲しい、そのために資金が必要だ」と、胸を張って言える社会や環境を作ることが大切だと指摘しました。白井氏は、水曜日は午前中で授業が終わり、午後は民間のクラブアクティビティなどで活動しているフランスの学校の事例を紹介し、学校の守備範囲を狭くすることでフリースクールなどの民間が入る余地が生まれることを示しました。

後半は、「様々な形で教育に貢献する人材を育てる重要性」が議論されました。教員養成大学においても、教育支援者養成という発想の中で教師も育て、支援者も育てるという考え方をしていく時代だと堀田氏が述べると、白井氏は、世界的には、ティーチャーではなくエデュケーターと呼ぶ流れがあり、その中で、広い意味でのエデュケーターを養成していくのが現代の教員養成系大学の使命ではないかと応じました。李氏は、人材の流動性を高めることが重要であることを指摘し、支援者の中には学校の教師であった人も存在し、また、逆に支援者としての経験を積んで教壇に立つ人もいることを紹介しました。こうした人材の交流により、より円滑な連携が可能となることは容易に想定されます。

パネルディスカッションを通して、いろいろな人材が英知を結集させ、「子どもたちの学びや育ちを応援しよう」という仕組みをつくることが、近未来の教育には求められていくと感じられました。そして、本学はエデュケーターを育成する総合大学として進んでいくべきだし、そうありたいと強く思いました。今、スタートを切る先端教育人材育成推進機構、そして教員養成フラッグシップ大学事業の根幹になる多くの視点をいただきました。幅広いネットワークを築き、エデュケーター全体が発展していくことで学校の質、子どもたちが受ける教育の質が向上することを信じて進んでいこうと思います。登壇者の皆様に心より御礼申し上げます。
――――――――――(以上、鈴木聡副学長)――――――――――――――――

以上のように、パネルディスカッションでは今後の学校、教育、教員養成にとってきわめて示唆に富むお話を聞くことができ、エデュケーターという今後の本学にとって重要と思われるキー・コンセプトも知ることができました。先端教育人材育成推進機構は、本学の第4期の取り組みの中心となる組織であり、また、教員養成フラッグシップ大学事業のエンジンともなる組織です。今回のパネルディスカッションを弾みとして、事業を進めていきたいと思います。どうぞご期待ください。

「もう一度、教室に」

ちょっと前になりますが、夜間中学に今春再入学した70歳の女性のことが、朝日新聞の「もう一度、教室に」という見出しの記事になっていました(2022年6月26日、朝日新聞朝刊)。この女性、五十嵐登代子さんは、58年前にも中学校に入学したものの、中1の春に同居する祖母が倒れてからは、家庭の事情により彼女が祖母の介護を担わざるを得なかったそうです。夜中に叫ぶ祖母の面倒を見、布おむつを洗濯板で洗ったと言いますから、まさしく「ヤング・ケアラー」です。学校はつかの間の休息の場で、机に突っ伏して寝てしまうこともあったそうです。中3で祖母が亡くなってからは、授業をちゃんと受けられるようになったものの、もう勉強にはついていけず、特に理数系は全く分からなかったそうで、そのため、就職してからお金を扱う時にはずっと胸がドキドキしたと書かれていました。なんともお気の毒なことと思います。

中学時代に勉強できなかったことは、ずっと心に引っかかっていたそうで、今春、福岡市に公立夜間中学「福岡きぼう中学校」が開校することを知り、旦那様にも背中を押されて入学を決めたと言います。この夜間中学には15歳から82歳の男女計30人が入学し、外国籍の生徒もいるそうです。義務教育でこうした学校が必要かと見る向きもあるようですが、まだまだ必要性があることを知らされます。

五十嵐さんは、下校まであっという間に時間が過ぎると言い、新しいことが学べる日々が新鮮で貴重に思えると言います。穏やかなお顔で、近くの公園のブランコに乗っているお写真が載っていましたが、これまでこの方が乗り越えてきたご苦労を思うと、頭が下がります。

学びへの強い思いに突き動かされて学校に通う人たちのことは、これまでも「学長室だより」で書かせてもらってきました。五十嵐さんよりさらにご高齢で小学校に通う、94歳のケニアの女性ゴゴ、また、サバンナの象の群れを避け、草陰に隠れ隠れしながら片道2時間かけて通学(!)する健気な兄妹などです(学長室だより2020年12月24日)

こうした人たちの存在は、学校とは何か、教育の意味とは何かをあらためて認識させ、われわれが、教育に携わることにした初心に立ち返らせてくれます。こうした方々のことを心に刻み、我々の仕事に誇りをもってしっかりとなすべきことに励みたいと思います。