2021年アーカイブ

三鷹ネットワーク大学で講演をしました。

多摩地区の数大学でつくるヴァーチャルな大学組織、三鷹ネットワーク大学の15周年を記念する講演を、何人かの学長とともにネット上で行いました。コロナに関連するテーマでというのがリクエストでしたので、コロナによって後押しされることになったGIGAスクール構想のことを取り上げることにしました。資料づくりを学長室の職員に手伝ってもらっている中で、附属学校の先生の実践を入れたら本学の特色を出せるのではないかと提案され、なるほど、そうだ、そういえば、附属小金井小学校の鈴木秀樹先生を取り上げたテレビ番組(2020年8月12日放送の日テレnews24 "デジタル先生と子供たちの1ヶ月"、以下のURLで見ることができます)があった、あれを柱にして講演の筋立てをつくろうと思い立ちました。

鈴木先生は、番組のタイトルにも入っているように、デジタル機器に強い先生で、それを生かした実践をこれまでも行ってきました。このコロナ禍では、リモートの授業を率先して行い、オンラインでかなり充実した授業ができるようになったのですが、そうなったところで、学校の役割とは何かと考えるようになったと番組の中で話されていたのが強く印象に残っていました。というのは、大学も同じだったからです。以前学長室だよりにも書いたとおり、リモートでの授業でも、それなりの効果が得られることがこのコロナ禍でわかり(対面より効果的という授業評価もありました)、となると、キャンパスの意義とは何か、「対面授業の場」ということ以上の意味はあるのかということが今後問われてくるようになるとも思えたからです。特に大学の場合、キャンパスのない大学もありますのでなおのことです。講演では、鈴木先生の話に併せて、この辺りのことに焦点化した話にしたいと思いました。

三鷹ネットワーク大学での講演は2月28日まで下記のURLで配信しています。無意味にスライドが提示されたままに、私のダミ声のナレーションが続くというような場面もあり、講演の出来としては、決してよいものではありません、が、本学附属学校の先進的な実践を紹介している点に注目してご覧いただければと幸いです。

鈴木先生を取り上げたテレビ番組のURL:
https://www.news24.jp/articles/2020/08/12/23698758.html

三鷹ネットワーク大学15周年記念講演のURL
https://www.mitaka-univ.org/entries/266

「人間の脳と心理過程」という本、、、学恩など。

この本は、今から半世紀近く前の1976年に、日本語で読める数少ない貴重な神経心理学の翻訳専門書として出されたもので、著者は、当時のソビエトのアレクサンドル・ロマーノビッチ・ルリア。神経心理学という学問分野のパイオニアとして世界的に著名な人物です。翻訳したのは、当時東北大学の松野豊教授、私が師事することになる先生です。

この本は、斯界の名著・古典のひとつというべきものでしたが、長らく品切れ状態でした。が、この度、装丁を新しくして、再版されました。この本の解題を、出版社のウェブページに、千葉大の若い先生と一緒に書きました。
https://www.note.kanekoshobo.co.jp/n/nc0405b4f83d9?gs=7304c92f2b40)。

この本は、個人的にも思い出深い本で、なんとか教養部から脱出して学部に上がったものの(私の出た東北大には、その頃は教養部というのがあり、大学に入って2年間は教養部で学び、2年から3年に上がる時に、学部に行けるかどうかを判定され、必要な単位―64単位だったと思いますが―が修得できないと教養部に留年ということになるのでした)、授業で話されていることの難しさ(ま、端的に言えば、ついていけなかったのですね、、、)に途方に暮れている中で買った本でした。

買った理由は、松野先生の授業が、ついていけない授業の中でも、特に難解だったからで、関連の本でも読めばわかるかと浅はかにも思ったからなのですが、前書きには、「類書に比し、本書は読みやすく、かつ興味深いものとなっている」と書いてありましたが、そんなことはあろうはずもなく、到底読み通すことなどできませんでした(が、のちには、繰り返し繰り返し読むことに、というか、読まざるを得ないことになりましたが)。しかし、同じ前書きに書いてあった、神経心理学というものが、"実践的には、心理学的方法による脳損傷部位の診断学と機能回復のための教育学を建設することを目指しており"というところは、何とはなしになるほどと思うところがありました。

神経心理学という学問は、脳と心理機能の関連を明らかにすることを課題としている学問で、脳は分業をしているので、結局は、脳の場所場所(部位)と心理機能との対応付けを、脳に損傷を負った人の症状や、neuroimagingといった手法で考えていくということになります。私は知的障害を有する人を研究の対象としており、そうした人たちにはかなり大きな個人差が存在します。その個人差を、神経心理学的な障害、すなわち、脳のどこに障害を負っているかという脳部位による障害類型というところに落とし込んでいこうとする考え方はよくわかりました。また、そうした障害類型に応じた指導法が有効であろうことも説得力がありました。今で言えば、個別最適化に類縁の思想と思います。

今でこそ、脳科学者という人たちがワイドショーにも大勢出てきていますが、当時は、神経といってイメージされるのは、歯の神経か、膝蓋腱反射の絵から想定される繊維状のものというのが一般的な時代でした。そうした時代に、私の先生は、よくも神経心理学などに目をつけたものだと、弟子ながら不遜にも、感心します。先生は文科系の教員としては当時珍しく博士の学位をお持ちで、それが医学博士だったので、そのことも関係していたかもしれませんが、学者としてのセンスだと思います。先生は、時代に2、30年先駆けていたことは間違いなく、それゆえにこそ、今またこの本は再版されるのですが、そうした心理学を学んだおかげで(そうした師のおかげで)、私は、不勉強でも、時代にそれほど遅れることなく、学生の前で話すことができました(特に管理職のここ数年は)。まさしく先生の学者としての先見性に助けられた、学恩とはこうしたものかと思います。怠け者の学恩で申し訳なくも思いますが、まことにありがたく思います。

松野先生は、実は本学の教員でした。1960年から10年間本学に教育心理学の教員としてお勤めで、1970年に東北大学に移られたのでした(私が東北大に入学したのは、1975年です)。また、この本で訳された論文の多くが収められている露語本「人間の脳と心理諸過程」(タイトルが本書と似ていますが、まったく同じではありません)の英訳本"Human Brain and Psychological Processes"(1966)は本学に所蔵されています。その本には、昔の本なので、裏に貸出票が入っています。それには、一人だけ、借り出した人の名前が書かれていました。"松野豊"と。きちんと楷書で名前が記された貸出票の向こうに、今年90歳になられる先生の面影を見た思いがしました。