学長室だより

スキップ考。

NHKの朝ドラ「ばけばけ」を見ています。これは、ネットによると「松江の没落士族の娘・小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルに、西洋化で急速に時代が移り変わっていく明治日本の中で埋もれていった人々をフィクションとして描く。「怪談」を愛し、外国人の夫と共に、何気ない日常の日々を歩んでいく夫婦の物語。」とあります。

11月下旬に、ラフカディオ・ハーンがモデルのヘブン先生が、小泉セツがモデルの松野トキたちにスキップを教えるというエピソードがありました。教えられても、トキはもちろん、松江一の秀才と言われる錦織も、みなうまくできません。しかし、どういうわけか、トキの祖父で時代の変化についていけない古い武士気質の勘右衛門だけが難なくでき、それ以降子どもたちに「スキップ先生」と呼ばれ、これまで教えていた剣術に替えてスキップを教えるようになるというお話でした。

このエピソードを見て、なるほど、明治維新期の日本人は、スキップはできなかったろうな、だいたいそれまで日本人の脚の運びの中にスキップというものはなかっただろうし、と思いました。いまでもスキップができない子どもというのはよく見受けられるもので、かくいう私も幼稚園の時、学芸会の出し物の練習をしている中でスキップができないことが発覚し、放課後に特訓をされてようやくできるようになったという記憶があります(できてしまえば簡単なものなので、リズムに乗ることがコツなのだと子どもながらに思いました)。

江戸時代を抜けて、明治になって日本人はいろいろな面で西洋に触れることになりました。歩き方については、明治期以前の日本人は、今のように対側の腕と脚を交互に出して歩くのではなく、同側の腕と脚を出して歩いていたという説があります。いわゆる「なんば歩き」です。これは例えば、飛脚の走り方に見られるもので、疲れにくいものだったと言います。ネットなどでみると、同側性にその秘密があるのではなく、腕の上下動がタネで、それは、階段の上り下りなどの場合に腿を押すような動きだと解説されていました。なるほどと思います。確かにそれは疲れにくいものでしょう。そのほか、阿波踊りやドジョウ掬いなどの民間の踊りでも同側の腕と脚が出ています。これらは、田植えの時の上下肢の動かし方とも言われています。歌舞伎で六方と言われるものも、同側の腕と脚が一緒に出ています。こうしてみると同側の腕と脚を一緒に動かす歩き方という例は古来わが国にはいくつもあり、それが、明治以降西洋文化に触れる中で、西洋式の対側の腕と脚を出して体幹を捩じって歩くという歩き方になったとされます。

こうした歩き方が広く日本に広く広まっていくのに大きな役割を果たしたのが、軍隊と学校教育だったと言われます。西洋式の歩き方は、隊列を組んで行進する軍隊にまず導入され、学校の教練で教えられていったと言います。

近代国家は、必ず軍と学校をつくります。それは、近代国家は、国民国家であるため、国民を守る軍隊と、国民意識を形成する学校教育が必要だからです。日本の場合、明治維新によって近代国家の仲間入りをし、ご多分に漏れず軍隊と学校を整備していきました。学校で教育を受けるのは、国民の義務(=義務教育)となり、国の隅々まで学校がつくられ、すべての子どもたちが集められ、教えられるのですから、影響力は強大です。西洋式の歩き方が、学校教育によって日本に広まっていったとされるのももっともです。

言うまでもありませんが、明治期の学校は教練ばかりやっていたわけではなく、国民を啓蒙開化し、迷信因習から人々を解放する役割も果たしました。軍隊式のやり方を広めるのではなく、軍隊を抑えるような知性を形成することもできたはずでした。戦前の日本の教育は、残念ながらそれに失敗してしまいました。

今、世界はナショナリズムとポピュリズムに溢れ、わが国にもその波は押し寄せています。そのことが明らかになったのが今年だったと思います。陰謀論などに負けない強靭な知性をもち、全人類的視点に立った寛容な判断ができる人間を育てるのは急務です。

「東京学芸大学柔道部活動報告2025」の巻頭言

本学柔道部の顧問を務めている関係で、柔道部が毎年出している活動報告書「東京学芸大学柔道部活動報告2025」の巻頭言を記しました。本学健康・スポーツ科学講座の久保田浩史准教授の指導の下、柔道部の活躍ぶりを知っていただきたく、この学長室だよりに転載します。

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乱取りで自由に組み合うこともままならなかったコロナ禍が、だんだんと遠い記憶の一部となる中、部員たちは今日も熱心に練習に励んでおります。監督の久保田浩史先生は、柔道部の強化に今年も引き続きインテンシブに努めてくれました。部員たちも久保田先生の熱心な指導によく応え、今年もまた立派な成績を残してくれました。主たるものをあげると以下のようです。

団体戦では、女子は6月の全日本学生女子柔道優勝大会五人制団体でベスト8、男子は9月の全国国立大学柔道優勝大会で第三位となりました。これは、どちらも4年連続というもので、これまでの練習の成果が出ていると言ってよく、まことに立派な戦績です。

個人戦では、OGの方の成績も含めてですが、2月の全日本シニア柔道体重別選手権大会において川添花菜さん(2024年度卒)が48kg級準優勝、堂崎月華さん(2022年度卒・センコー)が57kg3位、8月の全日本実業柔道個人選手権大会において荒川朋花さん(2022年度卒・ミキハウス)48kg級優勝、髙野綺海さん(2019年度卒・博士課程3年・日本エースサポート)が63kg級第3位、11月の講道館杯全日本柔道体重別選手権大会において荒川朋花さんが48kg級で、落合倖さん(生涯スポーツコース3年)が52kg級で、髙野綺海さんが57kg級で、3位になりました。強化選手に本学関係者が4名(角田さんを含めて)もいるというのは快挙です(形部門では久保田監督も強化選手です)。パリ・オリンピックのゴールド・メダリスト角田夏実さんは、体重無差別の皇后盃全日本女子柔道選手権大会に出場し、最軽量級ながら2勝してベスト16になりました(4月)。また、2月のグランドスラム・バクー大会では48kg級で優勝、もはや貫録勝ちの域というべきでしょう。この大会には、髙野綺海さんも出場し、講道館杯に続いての活躍で、57kg級で準優勝しました。女子部員の活躍は、スーパーアスリート入試を含む推薦入試と、久保田監督の指導とが相俟っての成果だと思います。

私事で恐縮ですが、当方、2026年の3月で学長任期を終えます。結局、大学以外を知らない人生でしたが、高校から始めた柔道、決して熱心な部員ではなかったのですが、結局今残っている人間関係は、柔道関係が主となっています。現役でいたときはそれほど愛していなかった柔道でしたが、今は感謝しています。本学柔道部との関係は、前任校の金沢大学で柔道部の顧問を務めており、その時に部員たちが合宿で元本学教授の射手矢先生にお世話になったということが機縁でした。おかげで、昨年も書いたことですが、全国制覇したチームの関係者(顧問)となるという滅多にできない経験ができました。まことにありがたいことだと思います。

OB・OGの方々、また、関係のみなさまの本学柔道部に対しての日頃よりのご支援・ご協力に心より感謝申し上げますとともに、引き続きよろしくお願い申し上げます。