学長室だより

ウクライナ情勢によせて。

何とか外交努力で戦闘にならないようにと、前回の学長室だよりに書きましたが、まことに残念ながら、ロシアのウクライナ侵攻が起こってしまいました。まったく理不尽なことだと思いますが、調停に入ろうとしている国の中に、イスラエルがありました。イスラエルのベネット首相が、ロシアのプーチン大統領と、ユダヤ教の安息日にもかかわらず会って話をしたと言います。

イスラエルは、ソビエト時代からロシアとは何かと関係の深い国で、仲介に入る理由には、表に出せないことも含め、種々の理由があるのだろうと思いますが、表に出た中に、ウクライナには、ユダヤ人が多く住んでいるということが挙げられていました。ウクライナのゼレンスキー大統領は、ユダヤ系だとも聞きます。

かつてユダヤ人は、ヨーロッパの都市では、ゲットーと呼ばれる、周辺が囲われた地区にのみ住むことが許されていました。が、ロシアでは、ゲットーをつくらず、ユダヤ人が居住できる地域を限定しました。国全体の中にゲットーに当たる地域をつくったということです。これは、エカチェリーナ2世の時に行われた政策で、その地域は、当時ユダヤ人に寛大な態度をとっていたポーランド周辺のロシアの南西部です(今でいうベラルーシ、ウクライナ、リトアニアなど)。ウクライナは、そういう地域にあります。

帝政期のロシアのユダヤ人には、ポグロムという受難がありました。ポグロムとは、ロシア人などの他民族がユダヤ人を理由もなく襲撃し、財産を奪い傷つける、ひどい場合には、殺害するものです。ロシアのユダヤ人の生活を描いた「屋根の上のバイオリン弾き」でも、長女の結婚式の会場がポグロムに遭い、めちゃくちゃにされるのに、警察はまったく手を出さず、結局、村の住民たちが村を出ていく姿が描かれていました。
かなり前となりますが、イスラエルの女性首相メイヤが、少女時代、ポグロムに遭い、馬に乗った暴漢に襲われたものの、転んだために、馬が自分の上を跳び越えることになり、殺されるのを免れたという話を新聞で読んだことがあります。彼女は、ウクライナのキエフ生まれで、そうした体験後、家族でアメリカに渡り、さらに彼女はイスラエルに渡り、首相になったのでした。

また、ウクライナのユダヤ人は、ナチスの蛮行の中でも残虐さで名高い、バービ・ヤールの大虐殺にも遭っています。これは、ウクライナのバービ・ヤールという峡谷で行われた大虐殺で、ナチスはここで、3万人を越えるユダヤ人を一度に殺害しました。

今、ロシアがウクライナに対して行っていることは、かつてウクライナのユダヤ人たちに対して行われた帝政時代のポグロム、また、ナチスの行った蛮行に重なって見えます。


3月5日から7日にかけて、本学を事務局として日本発達心理学会が開催され(大会委員長は本学特別支援科学講座の藤野博教授)、私は名誉実行委員長として基調講演をしました。以前の学長室だより(2021年10月11日)で取り上げたロシアの発達心理学者ヴィゴツキーについて、彼の学説と文化‐歴史的背景との関係のことに焦点をあてて話をしました。その時、取り上げたことのひとつに、彼がロシアのユダヤ人であったということがあります(下に講演予稿に載せたポンチ絵を添付しました)。

ヴィゴツキーは、ベラルーシ(前述の、ロシア国内のユダヤ人の定住許可区域)のホメリの出身でした。ご存じのようにウクライナとロシアの第1回の停戦協議はここで行われました。そしてまた、ロシア軍の猛攻の中で持ちこたえている、ウクライナ第2の都市ハリコフは、1930年代初めソビエトにスターリン体制が確立していく中で、粛清の気配を感じたヴィゴツキーが、モスクワを離れて、研究の拠点としようとした都市でした。

ヴィゴツキーの所縁の地が、こうしたことで知られることになるとは、何とも残念です。子どもが泣き叫び、逃げまどう報道を見ると、胸が塞がります。一刻も早い戦闘の中止、ロシア軍の撤退を望みます。

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突然流れた「ひまわり」のテーマ。

西武線の所沢駅には、エキナカピアノがあります。ピアノを習っているお子さんや、若い女性などが弾いていることが多いように思いますが、昨日通った時、空いていたピアノに、コートやらマフラーなどで着ぶくれた私などよりも年かさの、失礼ながら風采の上がらない感の男性がおもむろに歩み寄り、鍵盤に手をやりました。どうするのかと思っていたところ、なんと流れてきたのは、映画「ひまわり」のテーマ・ミュージックでした。何とも見事な腕前で、その場を離れることができなくなりました。

「ひまわり」は、1970年に日本公開で、私は映画館では見たことがありませんが、TVで何度も見ましたし、ビデオソフトでも見、DVDとなったものも我が家にはあります。第2次世界大戦の、ソビエト軍とイタリア同盟軍との戦いに巻き込まれて引き裂かれたイタリアの男女の悲劇で、最後の、駅でソビエトに戻るアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)を見送るジョアンナ(ソフィア・ローレン)が、こみ上げるものを抑えきれなくなるシーンには、心打たれました。エンドロールには、延々と広がるひまわり畑が重なり、流れるヘンリー・マンシーニのテーマ曲は深く余韻を残すものでした。このひまわり畑はウクライナで撮られたものと聞いています。

第二次世界大戦でもっとも多くの死者を出した国は、ソビエトです。三千万人とも言われていましたが、現在では二千数百万人と言われています。それにしても、大変な数の死者です。人口の1割を越え、このため、人口動態が異常になったと言われるくらいです。ソビエトは、ナチスの台頭で戦争が必至という情勢になると、社会主義国としては、考えられないような外交を行いました。独ソ不可侵条約の締結、ナチスとのポーランド分割、フィンランド戦争、バルト3国の併合などで、これらは、社会主義者の間でもソ連への不信を生んだとされます。しかし、こうしたことは、侵略をふせぐため、また、侵略を受けても犠牲を少なくするためになりふりかまわずスターリンがとった手立てであり、それには、異民族の侵略にずっと苦しめられてきたロシアの歴史も関係しているという解説を読んだことがあります。そうした手立てをとっても、かの大戦での犠牲者数は最大となったのでした。

今、ロシアとウクライナの軍事的緊張が高まっていて、外国人は退去を始めているとも聞きます。第2次世界大戦時、ロシアとウクライナは、ともにソビエトに属していました。先に挙げた戦死者数も、現在の両国の人たちが含まれてのことだと思います。そうした国と国とが、戦火を交える一歩手前というのは、なんとも残念なことです。外交手段で何とか解決をと思います。

―――そのうちに、男性の演奏は「ひまわり」を終え、「星に願いを」に切れ目なく移っていました。やはり見事な腕前でした。