学長室だより

令和4年度入学式式辞

新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。一昨年からのコロナ禍、繰り返し繰り返し襲ってくる感染の波の中で、みなさんは、よく学修を進め、今日の日を迎えました。そのみなさんの我慢、努力に心から敬意を表します。

さて、私は、障害児や発達の心理学が専門ですが、20世紀初めのロシアにヴィゴツキーという心理学者がいました。この人は、38歳という若さで結核で亡くなった人ですが、現代の心理学にいまだに大きな影響を及ぼしつづけている人です。この人の言ったことに、「人間の発達というのは、ひとつの機能なり能力なりが単一でそれだけでぐんぐんと伸びていくというのではなくて、いくつかの機能・能力が結合して、新しい機能・能力が生み出されていく、そのことの繰り返しだ」というのがあります。どういうことかと言いますと、例えば、赤ちゃんは、マンママンマやバブバブバブと音声を発しますが、この赤ちゃんがもっている音声を発する能力が、意味づけを行う人間の能力である思考と結びついて、つまり、結合して、意味のある音声である"言葉"になる。この言葉というのは、単なる空気振動である音声にも、頭の中の思考にもない、新しいものです。この新しく誕生した意味ある音声である言葉が、今度は、いろいろな機能・能力と結合していきます。例えば、言葉とわれわれの運動能力とが結合すると、言葉によって運動を始めることができ、言葉によって運動を終えることができます。これが随意運動という新しい機能・能力で、これがまたいろいろな能力・機能と結びついていきます。こうしたことを繰り返していくのが人間の発達だという考え方です。

このように何かと何かの結合が新しいものを生むということは、製品の品質向上などでもよく見られることです。昨年はパラリンピックがオリンピックと合わせて東京で開催されましたが、障害をものともしない競技の素晴らしさ、レベルの高さには随分と驚かされました。そうしたパラリンピアンの、例えば、義足の選手の活躍には、カーボンファイバー製の義足の開発ということが大いに貢献していると言われます。これは、カーボンファイバーという材料と、義足とを結びつける、つまり、結合させることで成立したものです。このような製品の品質向上は、経済の発展をよぶもので、経済学では、これまでにない新しい結合が、経済発展の契機として重視されています。これが、イノベーションと言われるものです。イノベーションは、以前は技術革新などと訳されていましたが、今は、新結合と訳されています。

さて、翻って、学問の世界を見てみますと、世紀の大発見や新学説と言われるものも、ゼロから何かをつくり上げたというより、これまでに知られている何かと何かを結合させることで得られたものが少なくないことに気づきます。例えば、私の専門の心理学でいいますと、神経症と夢とを結合させることで無意識の心理学、フロイトの精神分析が誕生しました。ダーウィンの進化論も、多様な生物の形態とマルサスの人口論を結合させたところで生まれました。また、20世紀の世界を変えたマルクスの唯物史観という歴史の見方も、経済史と政治史、文化史等を結合させて、経済の動きの方を土台に置いて世界史を見るという視座から発したものです。

このように人が何かを創造するということは、ゼロから何か新しいものをつくるということだけではなく、これまで知られていることの間に、新しい結合を見つけ出したというようなことも多くあるということです。そして、その新しい結合をつくるためには、言うまでもないことですが、結合するもののことを知っていなければなりません。

先ほど挙げたカーボンファイバー製の義足の開発は、カーボンファイバーと義足の両方を知る人がいて、はじめて可能になったことです。フロイトは、神経症と夢とを、ダーウィンは、多様な生物の形態と人口論とを、マルクスは、経済史と政治史、文化史等を知っていたから、新しい学問を創造することができたのでした。

これを敷衍するなら、人間の切り開いてきた知識という広大な世界で、どこにどのような知識があるのかを掴んでいるということが、創造にとって重要ということです。深く掘るには広く掘れという言葉があります。必ずしも詳しく知る必要はありません。だいたいあたりがつくということでよいのです。それが教養です。

みなさんは、これから大学、大学院で様々な学問領域で学ぶことになるわけですが、そうした中で、ひとつのことをぐっと掘り下げて学ぶことは大事ですが、一方では、視界を広くとって、人間の知識の大枠を掴む、そういう勉強の仕方も学んでほしいと思います。それは、遠回りのようにも見えるかもしれませんが、専門の領域を極め、新たな発見に通じる道ともなることに心をとめてもらいたいと思います。

これから、みなさんは、本学で学問に出会うほか、教員にも、そして仲間にも出会います。出会いというのは、結びつきをつくることです。これも結合です。みなさんの本学での、学問と人との出会い、結びつきが、みなさんの人生を変える素晴らしい出会いとなることを祈っています。本日はおめでとうございました。ありがとうございました。

令和4年4月4日
東京学芸大学長 國分 充

令和3年度卒業・修了式式辞(抄)

卒業生、修了生のみなさん、ご卒業・ご修了おめでとうございます。めぐりあわせとはいえ、コロナ禍の2年間、それが明けないうちに卒業、修了の年を迎えたこと、なんとも気の毒です。特に、大学院のみなさんには心残りもある2年間であったと思います。しかし、そうした逆境ともいえる状態の中で、あなた方は、よく学び、今日の日を迎えました。その努力に敬意を表します。

(略)

さて、フランスの哲学者・作家であるカミュの小説に「ペスト」という作品があります。これは、彼の代表作ともされる作品で、1947年に書かれました。ペストが蔓延し、閉鎖されてしまった都市、アルジェリアのオランの人々の姿を描いたものです。この作品は、コロナ禍になってよく読まれるようになったと聞いています。描かれている状況が、現在のわれわれが置かれている状況とよく似ているためだと思います。私も、この本について、また、作者であるカミュについて、昨年の卒業式、入学式で触れてきました。

この小説は、感染症という天災の不条理の他、信仰や倫理、友情、愛情のことなどを含む非常に重厚な作品です。が、その中心となっているのは、感染が始まり、拡大する中、病気に対するに十分な手立てもない中でペストに立ち向かう青年医師リウと、彼に協力して、ともに闘う仲間のタルーの姿です。

この小説にはいろいろと心に残ることがありますが、リウが、ペストとの勝負において、人間は知識と記憶をかちえたと言うところなどもそのひとつです。リウは、結局は、ペストと一緒に闘ったタルーをそのペストで失い、ペストとは、自分にとって際限なく続く敗北だと言いながらも、自分はペストを知った、そして、それを忘れない、また、友情を知った、そして、それを忘れない、さらに、愛情を知った、そしてそれをいつまでも忘れないにちがいないと言い、ペストと生命との勝負で、人間は、知識と記憶を勝ちえたと言います。

この言葉の意味を考えてみれば、リウが言う知識と記憶の形式を整え、公共に資するものにしたひとつの形が科学です。みなさんも、大学、大学院で、その作法を学んだと思います。これによって、人間は、不条理と思える事柄から解放されるべく努めてきました。このコロナ禍でいえば、例えば、感染防止の様々な対策です。

また、この知識と記憶というのは、人の慈しみ方、愛し方の作法でもあります。リウが、ペストのことを言った後に、友情のことを言い、そして、愛情のことを言っているのは、このことだと思います。人は、知り合って、心にかける、時に思い出す、これが人を慈しむということであり、人を愛するということだと思います。思えば、人はこうして人に元気づけられ、元気づけ合い、世界に立ち向かい、不条理と闘ってきた、闘っているのだと思います。人は、誰かとともに、誰かと同伴して闘っていくことができるということをあらためて心に刻みたいと思います。

知識と記憶によって、人間は、直にこの新型コロナウィルスを克服するでしょう。ワクチンもでき、特効薬もできてきています。現在、社会は、目に見えないウイルスにより疲弊し、鬱屈した状況となっています。しかし、明けない夜はありません、いずれ夜は明けます。今少し辛抱しましょう。

今後あなた方は、社会に出て、学生時代に増して、若さを享受し、活躍していくことになると思います。ロシアの革命家トロツキーは、人生は美しいと言いました。美しい人生を大いに享受してください。そうであることを心から期待していますが、しかし、いろいろうまくいかないこともあるだろうと思います、行き詰まるときもあるでしょう、また、病気になることもあるだろうと思います。......(略)......そうした時は、本学を思い出してください。あなた方を慈しんだ本学と本学の教員は、あなた方を忘れません。いつでもあなた方を待っています。あなた方の人生が、あなた方らしく、美しいものであることを祈っています。本日はおめでとうございました。ありがとうございました。

令和4年3月18日
東京学芸大学長 國分 充